「いやだぁぁあ!!そ、それだけはご勘弁をぉぉ!!」







洋風の館には不似合いの純和風の露天風呂に響き渡る叫び声。


まともに入れば絶景とは言い難いものの何ともステキな浴場、だが。

今の俺の状況はそんな悠長なことを言ってられないからなんともいえない。


男二人にに両手を拘束され一人は足を押さえつけるようにしてそこに乗っている。

昨日着たばかりの新品のメイド服をたくし上げられ下着も剥ぎ取られ下半身すっぽんぽん。

ちなみに重しになっているメガネの変態おと…ご主人である"カズキ様"はそんな俺の様をみて

にやにやと笑うばかり。



「いやぁ壮観壮観。俺はこういう状況が何よりも好きでな」

「ちょ、あの、お、お許しくださいあの、え、なんでも、なんでもしますから…!」

「嫌だよ、俺はなぁ一度決めたことは崩さないんだ」

「あ、あ、いや、いやだぁあ!!」







じょりじょりじょりじょりじょり






「ぎぃああぁあああぁあ!!」








 俺の歴史、バイバイ。












MAID―メイド― 

"メイドってなんですか?"













「う…ううう…つ、つるつるになったぁぁ…」

「なかんでもええやんおれなんてなぁ、ふつかにいっぺんはジュンちゃんにそってもらってるで」

「お前と一緒にしてやるなや…」



二段ベットでぎゅうぎゅうになっている俺の"部屋"とは違ってベッドが二つだけ置かれている簡素な部屋。

その内一つの上で俺が暴れたせいで所々にできた傷にナグラが薬を塗ってくれている。

昨日の鬼教官ぶりとは一変優しい手付きでオ●ナインを塗りこむ姿を見ながら、そして

隣のベッドでごろごろ転がっているデカブツを睨みつけながら、俺はがっくりと肩を落とした。









昨日この館にやってきて一日がたった。

ほんの数時間働いただけだったのにくたくたになってベッドに潜り込み一夜を越して

起きてまた仕事をして…気付けばもう外は暗くなっていて。

自己紹介もしない内に―いや最初から無いのかもしれない、名前はまた後々覚えていかないと―すでに一日が経ってしまったのだ。

もっと慣れるまでに時間が掛かると思ったが意外とそれは容易なことだった。

小さな頃から家事は絶対手伝っていたし、いくら館が広いといってもそれだけの人手はいる。

それに俺が来た日、つまりカズキ様が「帰ってくる日」以外はあそこまで大規模な掃除はしないようだし。

料理も得意な方だからなんと料理長に褒められたのだ、快挙だ快挙。


俺のメイド生活も順調万班だなぁ!!なんて、思っていたのだが。





「おい、儀式だ」

「は…え?なんの…」

「うちのメイドになる儀式だよ。昨日は疲れてたからなぁ…」

「はぁ…」





儀式。



別に漫画にあるような「えっち」するとかそんなんじゃなくて

ただレッドと同じような格好する羽目になる、ということを言えばわかるだろうか…いや理解して頂きたい。









そんなこんなで俺はやっと本当の"メイド"になれたらしい。いやこの家だけらしいけど、こんなのは。







「なーそれにしてもなんであんなにいやがるかなーようわからんそのきもちー」

「俺はあんたの気持ちがわからないよ…」

「まあその内慣れるよ」


はは、と笑いながら薬箱を片付けるナグラの背中を見るとどこか安心する。

隣にいる奴をみると…不安になる。


ナグラが初日にあんなに厳しかったのは恐らく「帰ってくる日」で気が立っていたからだろう。

その証拠に朝起きてからずっと面倒を見てくれたのはナグラだったし儀式…のこともあって混乱している

俺を一番に励ましてくれるのはこいつだ。

まあ出会ってまだ一日しか経ってないのにこんなこというのもおかしいのだけれども。

それに、まるでその背中が…



「お、おとうさん…」

「なんでやねん」
















翌日、朝起きて一番の仕事は新聞取り。


新人なだけあって俺の仕事は多い。

大理石の床のホールを抜け、扉の近くの壁に常に掛けてあるという布製のバックを肩に掛ける。


薄手の半そでメイド服、ブーツを履いた上にいくら足元までスカートがあるといっても

やっぱり寒いものは寒いわけでして。

館の扉を開けると予想通りの冷風が俺を包み込んでぶるりと体を震わせる。

荷物があるからキツイのかと思っていた館から門までの道はやはり気のせいではなく、遠い。


やっと辿り着いた門に備え付けられている古びて塗装が剥がれ元の色が何色かわからない

黒い郵便受けから新聞を取り出す。

ついでに郵便物も。

館主=社長とだけあってやはり郵便物は多い。

中には聞いたことのある社名が書かれた郵便物もあって、アロハシャツのあのへらへらした

メガネ男がその館主であることを改めて認識させられる。

…本当にメイドとしては失格なんだろうが、あの主人が館主だということを俺はまだ納得してなかったりしていたり。







「…本当に…メイドってこういう仕事なのかな」


ふと疑問に思った。
















「ゴルゴーそれ取ってくれ」

「あ、はい!」


料理長―とはいってもここに料理人は一人しかいない、自称だ自称―に言われて手元のコショウを手渡す。

それが終わるとまるで医者の手術のように「それ」「あれ」「これ」と命令がきて忠実にそれらを渡していく。

さすがにこれは他のメイドも驚いていて、なんでそんなにわかるんだといえばまあ手順がわかっているからだろうか。

どうやらこの料理長も一癖あるタイプのようでこうやって自分でわかっていることをあやふやに表現するものだから

メイド達には大不評だったらしい。

唯一まともに渡せるのが同期のナグラだけだったとか。

レッドも同期だそうだが…まああいつは問題外だ、覚えようとするタイプじゃないあれは。


現に本人はにこにこと専用の椅子に座って"お味見"が出来るのを待っているのだから、俺は絶対に間違ってない。






「お前几帳面やなぁ、ようキレイに畳むわ」

「こういうのこうやってキチッ!ってしてないとイライラするんです」

「…お前A型やろ」

「…みんなに当てられます」



雇われているメイド達の服も含めて莫大な量の洗濯物を10人がかりで畳む。

ここも家での経験を生かしてちょいと自慢げに誰よりもキレイに畳んでやる。

洗濯物はメイド服だけでなくもちろんカズキ様の私服も入っているわけだが、え?これあんたが着るんですか?

というものも多々入っている。

ナース服とか…何に使うんだよ。

パンツも変なものばかりだし、なんだあの人は。



「うへぇビキニパンツ」


そんなこと思っても口に出せないし。













その後は掃除して、夕食作りを手伝って、その片づけをして。

確かに大変だ。

疲れるし、やっぱりナグラは鬼教官だし。



だけど、俺を包むのは心地よい疲労感。

ふと高校のとき貧乏で何の楽しみも無かったその時代の唯一の思い出―野球部に入っていた時の事を思い出した。

一時期はこのままプロになってしまえば就職も無理して済むなんて思っていたり。


辛い練習、だけど毎日が充実していて楽しかった。

もしかしたらこの"メイド"という仕事は俺の天職なんじゃないだろうか。




「…なんじゃ気持ち悪い、にやにやしながら飯食うな」


と、俺が食事を目の前にして考え込んでいると目の前に座っていたナグラが呆れてそう言った。


「え、あいやぁ…ちょっと」

「あ?…なんやねん」

「もしかしてこの仕事、天職なんじゃないかなぁ…とか」


俺がフォークにハンバーグを刺したときだった。

ぎろりとナグラが俺を睨みつけながら同じようにハンバーグを俺よりも何倍も荒々しく突き立てる。

勢いよく振り下ろされたそれがハンバーグを貫通して皿に当たり「ガチン」と音を立てた。

 驚いて、呆然とその姿を見ていると他のメイドたちも不機嫌そうに俺を睨みつける。



「お前はまだわかってへん。一日二日やっただけでしったかぶった口叩くな!!」

「は…っはい!」



初日のあの剣幕を思い出させるナグラの一声。

俺はびくりと体を震わせただそう返すしかなかった。このときのナグラは、どうしようもなく恐ろしい。





「…レッド」

「は…はぁ?」

「一時間後ここでレッドが食事を取る。それまでここにいろ、他の奴は部屋に戻ってよし」

「え…ちょメイド長…」




そういうと残っていた食事を全員がかきこんで、皿に何も無くなると次々とメイド達が帰っていく。

メイド長であるナグラは一番最初に部屋―俺が薬を塗ってもらったあの部屋―に戻っていった。



最後にマイペースにハンバーグを突付いていた一人のメイド―ケンがこれまたマイペースに食器を片付け

ゆっくりとこちらに歩いてきた。

確かナグラと仲がいいメイドの一人…だったと思う。



「あんたまずったねー」

「はぁ…え?何が…」

「メイドの仕事、なめない方がいいよ。俺らは幸せだって事認識しなきゃね」

「はあ…」





「本来のメイドなんて地獄なんだから」

















昔見たえっちなビデオでは顔のイイ男たちが絡み合っていた。

それは一般に売られているものでそれをみて「ああメイドってこういうことするんだ」なんて思っていた。

だけど友人から借りた「メイド―あなたをご奉仕するにゃん」なんてふざけた題名のビデオを見たとき

絶望…したわけじゃないけど呆然とした。


そうだ忘れてた、それを見て俺はメイドにだけはなりたくないと思っていたんだった。





待っている一時間は長かった。

そうやって無駄に考えてしまうし何かされるんじゃないだろうかなんて不安にも駆られる。

何よりも昼間働いた疲れが肩に腰に背中に重く圧し掛かってきて思わず欠伸がでる。



「…あー…」



と、俺がまどろみの中を彷徨っていると後ろから例の間延びした声。



「レッド?」

「…」



俺が呼びかけるとレッドは無言で部屋に入ってきて神妙な顔つきで席に着いた。

何かこう…怒気のようなものをちらつかせながら。

なんだこいつでも怒ることあるのか、と思いながらそれを一瞥してなんとなく目を逸らす。



これからこんな所でいつか見たあのえっちビデオのような展開が繰り広げられるのかと思えば

レッドはいつものメイド服を着ていて特別な格好も準備もしていない。

ただにこにこと笑ってそのまま一時間前にはナグラが座っていた席に腰を下ろした。

 従業員用の休憩室に洋館には似合わないパイプ机を並べた妙な場所。

そこで俺たちは二人きりになった。


しばし続く無言。




「これからなにするんだよ、俺眠いんだけど…」


お互いに一向に話そうとしないせいで余計重くなってくる瞼に耐え切れず、俺が先手をきって話しかける。

だがレッドは答えようとしない。

まさか言葉が理解できないなんてこと無いだろう、話すのが辛そうでも

俺たちが話す言葉はしっかり理解していたはずだ。



「おい、答えろよ」





「…俺には敬語使わないのな」






「は?」






一瞬、どこからか男らしいちょっとかすれたハスキーボイスが聞こえてくる。

きょろきょろと辺りを見回す、しかしここにいるのは俺と…


半眼で俺のことを睨みつけるデカブツだけ。



「なんやねんなめとんのか、俺かていっしょ懸命仕事しとるっちゅーに差別かどあほう

 俺のこと白痴とでも思ったかこのボケカス」

「…はっ…」


俺が顔を引きつらせるとそのデカブツがはあ、と深くため息をつく。

…だ、誰だこいつは。






デカブツ―俺の記憶に正しければレッド―はそれまでのエガオをどこかに放り投げ

まるでホストのような「疲れた」表情をする。

俺はその様子を呆然と観察することしか出来ず、思わず軽く一礼してしまった。



「改めて紹介するがぁ…俺はナガノリ=ヨシダともうします。どうぞよろしゅうたのんますぅ」

「は…っはあ…」


ケケケ、と人を小ばかにしたような笑いを浮かべながらレッド―ヨシダはそういった。

俺が縮こまってまた礼をすると、今度は足を机にどかりと置き踏ん反り返ってそいつは俺をにやにやしながら見つめる。

嘗め回すようなその視線が気持ち悪く視線を逸らすと、足を机に乗せたがためにずり落ちたスカートから

やけに白い足が視界に飛び込んできて慌ててそこからも視線を逸らそうとするとまた目線が合って…




「なんやウザイ、ちゃんと目ぇみろや」

「は、はいっ」

「メイドについてお勉強したいならちゃんと話聞くんやな、ナグラに聞いたぞこのドアホウが」



また俺のことをまっすぐに睨みつける、ヨシダさん。





「俺がああして白痴のふりしてるんも」

「え」

「あ?」


ヨシダさんがいいかけて、俺は思わず声をあげた。


は?今なんて?



「あー…だから白痴のふりしてるのも」

「ちょ、いや。ちょっと待ってください。その…ふり…って」

「あぁ?何度も言わせるなよ、だからぁ、俺がまともにしゃべれん白痴のふりしてるのもぉ

 カズキ様のためなんや、だからなぁ…」




 俺はがくりと肩を落とした。











話を聞くともう頭痛がして眩暈がして死にそうになった。



今目の前にいる「レッド」…本名ナガノリ=ヨシダさんは、10年程前にこの館の館主がカズキ様に

なったときからメイドを務めているのだそうだ。

詳しくは教えてくれなかったがこれこれあれあれな事情があって「白痴」のふりをしなければ

いけなくなってしまったのだとか。…なんのことだかさっぱりだが。

 つまり俺と出会ったときの「レッド」はこの人の演じていた姿。

まるで遊郭の遊女のようなことをするのだなと思ったが口には出来なかった、恐ろしくてとてもとても。




ナグラが俺にメイドの本質をレッド…ヨシダさんに習えと言わんばかりにここに残したのは、

この話を聞かせるためなのだろうか。

俺がそう思いながらヨシダさんの顔を見つめると怪訝な顔をして睨み返された。





「ほんま…お前後悔するなよメイドになったこと」

「はあ…」

「ごめんなぁ脅して。ちょっと機嫌悪かったんや、敬語使わんでもいいし

 本名呼ぶとちょっとまずいからレッドでええ」

「は、…うん」



ヨシダさん―レッドはぎゃんぎゃんと俺に文句を言ったことで気が晴れたらしく、今度は

優しく俺に笑いかけてきた。

いつもの緩みっぱなしの笑顔とはまた違う優しい笑顔。

…ということは本当に機嫌が悪かっただけかよ、恐ろしい奴だな。



「ジュンちゃんもなぁ…ええかげん白痴の真似やめろゆうんやけど、カズキ様えらい気に入ってんねん」

「そういうのが…趣味、とか」

「いやそんなんじゃなくてな、あの人」





コンコン



と、ホールとこの従業員食堂を繋ぐ戸からノックする音が聞こえた。

ちなみにここの戸はホール一階にあって、カズキ様が食事なされる大食堂は同じ一階の真正面にある。

広い割には楽な構造をしているから迷うことも無くていい―…まあそれはともかく。





「カズキ様や。無礼せんようにな、ゴルちゃん」

「ゴルちゃ…なんだそのよびか」





「よう。食事持ってきたぞ」



俺が言いかけた所で戸が開かれカズキ様がその姿を現した。

常に着ているアロハシャツではなく、Tシャツにズボンという簡素な格好。恐らく寝巻きだろう。

ふと目の前にいたレッドを見てみれば先ほどまで俺に向けていた凶暴且つ不機嫌を絵に描いたような半眼も

態度もどこへやら、俺が出会ってからつい先ほど夢を壊される前のレッドがいた。

へら、と笑ってカズキ様に笑いかける。

緩みきったその笑顔を見るとカズキ様は口端を吊り上げ「レッド」とその名を呼んだ。



「今日はお前の好きなハンバーグだぞ。牛も混ざってる」

「ありがとうございます、カズキ様ぁ」


大金持ちが到底口に出さなさそう言葉「牛も混ざってる」。合いびき肉かよ、オイ。



カズキ様は俺の存在に気付くと更に嬉しそうに部屋に入ってきて、その後ろをさっき部屋に戻ったはずの

ナグラが料理の乗った盆を持って入ってくる。

しかしナグラはそのボンを机に置き、一礼したかと思うとそそくさと出て行ってしまった。

ちらりとカズキ様にばれないように俺に視線を向けて「がんばれよ」と言わんばかりに睨みつけて。




「うわぁ、たまごものっとるー…はんじゅく?」

「みりゃあわかんだろばーか。おら作ってやるからそこ座って待ってろ」

「はぁい」



そういって。


持って来れられた食事はもう出来上がっていて、湯気が上がっている。

恐らくレンジで暖めなおしてもってきたのだろうがもうカンペキに出来上がっているはずだ、

真っ白な更に盛られたそれは見ただけでよだれがでそうな代物だ。

なのに何故カズキ様が「作る」なんていうのだろう。


それに、何故




レッドは座れといわれて床に犬座りしているのだろう。










カズキ様がとの近くにある引き出しまで歩いていって、そこから何か器のようなものを取り出す。

それを机に置いたかと思うと皿に盛られたハンバーグを備え付けられていたフォークで小さく小さく割っていき、

一口サイズまで切るとそれをぐちゃぐちゃに潰し始める。

確かにとろりととろけだした目玉焼きと混ぜればおいしいだろうが…そういうレベルじゃない潰し方。

それと同じ様に御飯もねちゃねちゃと潰して、あっという間においしそうな食事が流動食のようになってしまった。


それを徐に出してきた器に入れ始める。

ハンバーグも御飯も関係ない、ぐちゃぐちゃになったそれを更に器の中で混ぜ込みまるで

つみれのようになってしまうまで混ぜた。


そして仕上げと言わんばかりに安っぽいワカメスープをその上にぶっ掛ける。



「うーし出来た」








「ほら、エサだぞ。"レッド"」







エサ?









「いただきまぁす」




そう言ってレッドは嬉々として床に置かれた器の中身をフォークもナイフも、ハシ使わずに口で直接食べ始める。

ワカメスープがあふれ出て、でもそれが床に零れ落ちないようにと器用に舐めたりしながらそれを食べ進めていく。

よく見れば器は油性ペンで乱暴に"レッド"と書かれた所謂…犬のエサ用のモノで。



「ぅ…ぁ…」



その光景に息が詰まりそうになった。

なんだこれは。

冗談でやってるのだろうか、これも一種のプレイの一つだろうか。

なんだこれは

なんだこれは

なんだこれは!


だってメイドというのは館主の性処理を…だって、ひどいことって、辛いことって、そういうことだろう?

それを覚悟してきたんだ俺は。

メイドって…




「ゴルゴー、面白いだろう?」

「え…」

「コイツ残飯なんか美味そうに食ってやがる」


今までレッドが座っていた椅子に座って肘を突き、レッドが夢中になって食べている姿を

笑いながら見つめるカズキ様。

その瞳は熱っぽく潤み、まるで最愛のものを見つめるかのような視線。




「コイツの食ってるのは特別なんだ、俺が残してやったやつだからな。

 なあ嬉しいだろ?レッド」

「ん…うれひぃれふ」

「ほら…ゴルゴ」





「お前も羨ましいだろ?」






メイドってなんなんだ?
















怖くなった


どうしてメイドなのに館主が眠る前に寝てしまうのか、それさえわかってなかったのだ。

三日目だ、三日目なのに全てを知ったつもりになってしまっていたらしい。




「あ…あっカズキさま、カズキさま…っカズキさまぁ…っ」




目の前で絡み合う二人を見て、こんなに大きな声を出してしまったら他の部屋に聞こえてしまうじゃないかと思ったとき

ギモンが晴れた、つまりこの声や音を聞かないように、聞かせないように早くに寝かせてしまうんだ。



藍色のメイド服、下腹部だけが見えるように肌蹴させてそこにカズキ様の下半身が打ち付けられるたびに

緩んだレッドの顔が更に緩んで快感に溺れていく様が見て取れる。

もう何時間こうしているんだろう、俺が寝ている間にも―昨日も一昨日も同じ事をしていたんだろうかと

考えると当ても無く思考がゆらりゆらりと一人歩きを始める。



さっきずり下がったスカートから見えたやけに白い足が赤く染まっていく様も

ただただ嬉しそうに腰を揺らすカズキ様の顔も


何をみても結論は出ない。



メイドってなんですか?










「ゴルゴ」


「あ…はい…」

「こっちこい」

「え…」




一糸纏わぬ姿のカズキ様が歩み寄ってきて何故か俺は血の気が一気に引いていくのを感じた。

数ミリ単位で俺が後ずさるとそれに合わせるかのようにゆっくりと俺に近づいてくる。

足を擦る度に毛の長い絨毯がしゅっと音を立てる。



「ぁ、ぁ…っ」

「何逃げてんだよ、メイドになったんだろ」



気が付けば戸に背が付いて逃げ道も無くなった。

知らないうちに流れ出した涙が止め度なく流れ続けて頬を伝って絨毯を濡らしていく。


怖い

怖い

嫌だ

なんだ

なんなんだ

何をされる




目を瞑ると口元に暖かなものを感じた。

もう目を開けることは出来なかったがそれがすぐにカズキ様の「唇」だということは理解できた。

こんなに心臓が波打ち脳が否定しているのにそれが触れるとどこか安堵する。

人の温度、それが唇を伝わってきて―


ぬちゃ、と


それまでとは違う湿ったものが俺の口を舐める。

舌、だろうか。いやそれ以外だったら化け物だ目の前にいるのは。



「…っ」


ぎゅうと唇を結ぶとそれは「開けろ」といわんばかりに執拗にそこを往復し続ける。

思わず少しだけ力を抜くとそれはその隙を見逃すことなくあっという間に俺の口腔へと侵入してきた。



「ぅぐぅっ!!」


あっという間にそれは俺の喉までやって来て、俺はその苦しさと吐き気に目を開けた。

案の定そこにはカズキ様の顔があってまた目を閉じようとするがその隙も無くそれ―舌が

俺の口腔内を犯し始める。

 水音が広い部屋に響き渡って、更に俺の涙が止まらなくなった。


怖い

怖い

怖い


「んっんん、ん、んん…っぅえ…っ」

「ん…」



腰が抜けて押し寄せる吐き気―そして何ともいえない甘い痺れに壁沿いに崩れ落ちていく。

十分に俺の口腔内を散歩した舌が引き抜かれ、息をつく間もなくその舌が俺の喉元へと滑り落ちてくる。

とけるように熱いそれが俺の喉元を這って得体の知れない痺れがまた俺を襲った。



「ひぃっ…ぃ、や、やめ…やめてください…っ」

「初めてなのか?大丈夫だよ気持ちいいから」

「やだ、嫌だ、嫌だ、嫌だ…っ」

「うるせぇなぁ!」


ヒステリックにカズキ様が叫んで俺の胸元を掴み上げ俺の顔を引き寄せるとその至近距離のまま

とびきり鋭い目で睨んでくる。

その奥に光る何かが感じたことのない不安を引き出して、顔を背けようとしてもそれも許されず。




「ちょうどいい、お前みたいな童貞抱くの久しぶりだな。めちゃくちゃ痛くしてやる」

「…っう、うううっ…」



にやりとカズキ様が笑って。


「嫌だ」という否定の言葉がいつの間にかまるで「禁句」のように感じられて喉から上に出ることができなくなっていた。

まだ言葉もまともに喋ることができない小さな子供のような、それこそレッドが演じていたという白痴になったような気分。

言いたい言葉を言えない苦痛がこれほどまでのものだとは思わなかった。





メイドとはなんだ。







館の家事一般をするお役目

それとも

館主の性処理を行うお役目

それとも











「ぁああぁあうぁあ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」



別に悪いことなんかしてないのに俺は必死に謝り続けた。

否定することができなくなった俺にできることなんてこれくらいしかない、それでも俺の下半身の秘所にあてがわれた

カズキ様の立派なそれが離されることはない。

経験したことない痛みを予測してか体が前面拒否して警報を鳴り響かせた。

腹が、とてつもなく気持ち悪い。




「いいか"ゴルゴ"、俺のをなぁ、しっかり受け止めるんだぞー」

「ごめんなさい…っ許してください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…っ」

「何謝ってんだよ、お前何にも悪くないだろ?ほら力抜けって…」




不自然なほどに優しく微笑むカズキ様が何よりも恐ろしかった。

そしてカズキ様の手で支えられたそれがいよいよ入ってくる。




メイド、とは―…













「カズキ様ぁ…なんでおれほっとくん?きらいになってもうた…っ?」



がくんとカズキ様の体が揺れた。


一瞬何が起こったのかわからずに目の前を見上げると、そこには先ほど行為中に放り出されていたレッドが

カズキ様の背中に抱きついている姿があった。

その拍子にカズキ様の手元が狂ったのか、それは俺に入ることなく逸れて―…




「…なってねぇよ。ったく邪魔すんじゃねぇよクソレッド」

「どうせわかいこのがええんやーにさいとししたの、が…え、ええ…」

「はいはいわかったわかった、もうやらねぇよ…無理して喋るなっていってるだろ」

「おうー」


カズキ様よりも倍はデカイ奴が数時間前に見せた表情からは想像も出来ないほどの笑顔を見せて

まるで幼子のように頭を撫でられている。

しかも犬みたいに喜んで。




カズキ様はそれがきっかけでそっちに気が逸れたみたいで、またレッドとえっちを始めた。

俺に入れられる予定であったそれが音を立ててレッドに出し入れされている姿を呆然と見ながら

許可をとることなく勝手に戸を開けて外に出ていた。


早くここからでたかったのだ。

独特の匂いと雰囲気に包まれて今にも自分をも飲み込みそうな空間から、すぐさま。

















「レッドに助けられたな」

「…っ」


背後から聞こえてきた声も無視して一心不乱にコップに水を注ぎ、それを口に運んでうがいを続ける。


がらがら、ごぷ、うえぇ。

がらがら、ごぱ、おえぇぇ。


もう吐きそうなくらいうがいして、流石に見かねた声の犯人―ナグラがそれを止めてくれた。



「わかったやろ。あれが"メイド"」

「…」


俺の手を静止するために握ったまま一息入れて、ナグラがゆっくりと告げる。




「政府公認の"性処理用ペット"…つまりは家畜っちゅーわけや」






家畜=ペット。


カズキ様が「エサ」と称してぐちゃぐちゃの食事を与えたのも

カズキ様が奴を犯していたのも

カズキ様が傍若無人に俺にまで手を出そうとしたのも


つまりはそういうことだから?





「レッドが付けてた黒い首輪あるやろ、あれが服従の証。

 数十年前までは一人しか認められていなかったペット、メイドに付けられてた特別なモノ。

 それが代々カズキ様の場合はおじいさまの時代から引き継がれ、今では一番のお気に入りのメイドに付けられる

 特別の証や」

「とく…べつ…」



「カズキ様は優しいんやで、勘違いするなよ。

 うちのメイドのほとんどは他の館辞めてここに来てんねん。耐えられずに、な」



目の前に備え付けられている鏡の自分を真正面に見つめながらナグラはそのまま続ける。

一人歩きしていた思考がようやく戻ってきたようだ、なんとかそれを理解しようとしている自分がいた。




「それがわかったらもうええ。明日は休んでいい、俺が許可を取っておく。

 メイドについて、わかったよな」

「…は…い…」





「ただでさえお前は"レッド"の次に近い存在なんやからな。…気をつけ、"ゴルゴ"」





そう言ってナグラが立ち去っていく。

それを見送った後、突然足の力が抜けて俺はまるでキスをされたあの時のように床に崩れ落ちた。










俺は人生で一番とはっきり言えるほど泣いた。

恐怖と

悲しみと

後悔と

情けなさと

愚かさと

申し訳なさとで

それが止まることはなかった。






改めて俺は認識した。









怖い 









俺たちは箱庭に閉じ込められた 所詮ペット

いつ訪れるかわからない恐怖と痛みに震え続ける

それが





メイド












NEXT...

―――――――――――――



ただ一つだけ妙な感情を感じた


カズキ様の「特別」な存在


そう文章にして脳で繰り返すと何故か胸がちり、と焼け焦げるような衝動に襲われる。



なんだろう


この妙な気持ちは