暗闇に光る液晶

静寂に響く音


身に纏う服はなく

無数につけられた傷からぷくりと溢れたそれが生々しく光る体


痛みがじくじくと襲う

傷の痛みじゃない



わかっているはずなのに

どうせ駄目だとわかっている

それなのに


いつまでも光りを追い続ける愚かさに





胸が痛む








MAID―メイド―

"自嘲"










「悲しいとかそういう感情じゃないんだよな、きっと」




シンヤ=ウエダは自嘲していた。


少し前ならこんな事を口に出しては危ないと怯えていたはずなのに、今ではあっけらかんとして"彼"に話しかけている。

彼―大きな体のメイド服がとてつもなく似合わない男。ツチダ。


彼はシンヤを陥れている真っ最中のアリタ側の人間なわけだから、こうして語りかけていることはもし事情を知るものが居たとしたら

シンヤの精神状況を危ぶむかもしれない。

ああ、とうとうコイツイッちゃったか、だとか。


だが、いくらシンヤがべらべらと好き勝手に話そうがツチダは何の反応も見せないのだ。

今はいつも通り情事の後始末中、彼はシンヤの体を洗うためボディーソープを手ぬぐいにしみ込ませているわけだが。

まるでそれに夢中とでもいわんばかりにそれしか見ず、湯気をもくもくと立ち昇らせている湯船に体を沈めるシンヤの方など見もしない。



異常な光景だ。


ある意味シンヤは"イッてしまった"。

数ヶ月続いたこの状況のせいで、慣れてしまっていたのかもしれない。

それは彼が出会った一人のメイド…"ゴルゴ"に言った言葉の通りであると言ってしまえばそれだけなのだが。

へらへらと笑って「アイツ手加減しねぇ」だとか「もうがばがばなんですけど」と話すシンヤをもし知り合いのものが見たとしたら

卒倒するに違いないだろう。


苦しんでいることには変わりなかったが、シンヤもまた異常な世界の住人の一員になろうとしていた。






「なあ、ツチダはどう思う?もうな、救いとかそんなんじゃねーの。アイツおもしれぇから」

「…アイツ、って。どのアイツですか。アリタさん?アズマさん?」



風呂場に入ってから初めて口を開いたツチダ、そのことに関しては何の驚きも見せないが最後の名前を聞いてシンヤの眉がぴくりと動く。

しかし、すぐに何でもないかといったように眉を上げ半眼のまま答えた。


「…ダチだよダチ。大学ん時の…ダチ。いっただろ?ずいぶん前にケータイやった奴いるって」

「ああ…ハイ、ありがとうございます。」


多少口ごもっていたが、やはりツチダは特に気にすることなく頷きメイドマニュアルの通り最後にお礼の言葉を添える。


最近のシンヤの会話には「アイツ」だとか「アレ」だとか回りくどい呼び方や表現が増えてきたために、周りが混乱することも

少なくない。

何故だろう、と思っていたが部下の「ウエダ部長…最近くだけ過ぎてません?」の一言で謎は全て解けた。

なんだかんだいってクソマジメだったシンヤが俗っぽくなったのだ、理由はいわずもがな。それだけ。



ほこほこと湯気が相変わらず絶えずに昇る湯船に顔半分を浸からせ、拗ねたように口を尖らせる。

勝手に話して勝手にすねるようになったのも最近だ。


少し前のシンヤだったら、きっとこのまま顔全部を浸からせて「いっそこのまま死んでしまおうか」なんて塩らしいことを

いったのだろうか。

あの時は生まれて初めて下り坂をごろごろと転がっていたせいでずいぶんとやさぐれていたものだ。


その時の名残だろうか、こうして少しでも生死に関わる行動を彼がしているとさり気ない動作でツチダがそれを止める。

今も体を洗うフリをして湯船に腕を突っ込み、シンヤの背中と足に両腕をまわして顔が湯船から出るように動かした。


心配しての行為ではない。

死んでしまわれてはアリタの復讐が中途半端なところで終わってしまうからだ、きっと。


(ああ、優しいこって)


ふ、と笑うとツチダが眉根をぴくりと動かす。

ほんの一瞬のことだが。






「救いとかじゃないんだ。もう悲しいとか思わねぇーし。

 どっちかっていうとこの生活を少しでも楽しめたらとも思う」

「…それは」

「困るって?はは、俺は強い子だからな。何せビスコで育った男だ、並大抵のことじゃ倒れない」



半眼で告げるその言葉は、冗談交じりの挑発。

それに反応してか体を拭くツチダの手が強まり、薄い手ぬぐいから生々しい手のぬくもりと感触が伝わってきた。

ボディーソープが直に傷口に擦り込まれていく感触。

じくりじくりと痛む傷に体はびくりと震えるが、シンヤの顔に焦りや驚きはない。無表情でツチダを睨む。



「いてぇよ。やめろっての」

「体をお拭きしているだけです」

「嘘つけ、このでくのぼうが。どうしてテメェみたいな野蛮で最低野郎を親父が雇ったのかね」

「それは俺が優秀なメイドだからです」

「ちんこ舐めるのが得意だったとかそんなんだろ」



シンヤが言うと、その体がぐいと引き寄せられた。

体格差もあるが、何処で鍛えたのかわからない力強さにはさすがのシンヤも勝てない。

…それなのにいつも食いつく。挑発する。

色んな意味でシンヤは自嘲していた。






ナイフで切り開いたかのような目から鋭い眼光がシンヤの目を貫く。


「ああその通りですとでも言ってほしいのでしょうか?シンヤ様」



湯船から引き出され、タイルの床に放り出された。

暖かい湯船から冷たい床に来た為に体がぶるりと震えるが、それでもあくまで無表情で。

いや、少しだけ笑っていた。



ソレを見てもツチダの表情はかわらない。

決して彼の表情は変わらない、それどころか鋭い眼光は人を貫きはするが常に光を失い何も見ていないかのようで。



それを見ると更にシンヤの顔はゆがんでいった。

彼の言う最低野郎を見つめる時間が進んでいくたびに、ゆがみは酷くなっていく。





(それこそそんな最低野郎と同等に話せるようになった俺にカンパイだよ)

















下半身のモノにぬたりとしたものがあたるのを感じる。


彼自身の怒りではない。

アリタに命じられているのだろう、反抗したら容赦なくお仕置きしろだとか。


大きな体が上下するたびにシンヤの体は小刻みに震えた。



「は…ぅ…ん、んっ…」



(あらあらホントに優秀なメイドさん…)



淫らな音が浴室に鳴り響き、自然とシンヤの手は口元に持っていかれ、その指が口の中に詰められる。

意識してのことではないがこれがシンヤのクセになっていた、恐らく羞恥を隠すために自然と体がそうさせているのだろう。

びくりと震えるたびに加えられた数本の指が外に見え隠れしてその度にてらてらとした妙な輝きを見せる。




「つち…っ」




名前を呼びかけて、それに気付いたのか気付かなかったのか遮るようにモノを咥えるツチダの口がすぼめられた。

途端にびくん、と大きく跳ねる体。





カリの部分を舐め上げた舌が筋を通って流れるように上下する。

ツチダの御奉仕はとてつもなく気持ちがいい。

大きな口がすっぽりとシンヤのモノをほぼ包み込む度にそれだけでイってしまいそうなくらい、体は悦びを訴えるのだ。

体は、だが。






「どう…っして、いっつも名前呼ばせないんだよ」

「嫌だからです」

「どうして…?こーいうのってさ、たまらなくこーふんするんじゃねーの?アリタなんてアイツ、うわコイツよがっちゃってるよ

 ぎゃははははーって笑って」

「嫌だからです」

「…」





それだけ言って、ツチダはご奉仕を再開した。











黒のメイド服。

白のエプロン。

もしこれが100年前の光景だったら、異常なんだろう。

体格のいい男がこんな格好していい年した男性の性器を咥えて御奉仕しているだなんて、先祖たちは想像もしなかったに違いない。

異常。

そう、すでに世の中は異常だった。

シンヤの周りだけが異常なのではない。

世の中全てが異常。

生殖とは関係のない性行為など無駄の他ない、他の生物ではありえない行為なのだ。

ああむしろ人間が異常。

万年"コンドーム"なんてもの使って生殖を避けてまで性行為をしていたんだったな、と考えるとやはり100年前の人間も異常。


おかしいことはない。

全てが異常なのだから。

なれてさえしまえばだいじょうぶ。

それがせいじょうになっていくのだから。




(あんしんしろシンヤ…こうして慣れていくんだ…)





そう、慣れていくために。























ドク


白く濁った精液がツチダの口の中で弾かれた。

さすがに体勢が体勢だけに溢れた精液が口から漏れ、シンヤの体やタイルに滴り落ちる。


「んぁ…」


ぐ、と指を咥えて。

ツチダはシンヤのクセを止めない。

アリタはこのクセをどうにかやめさせようとしているのに、ただ無言でその行為を見つめるだけだ。












「悲しいとか…そんな感情じゃないんだよ…」





一言呟くシンヤを見ても、眉一つ動かさず。


そのはずだったのに








「つち…だ…最後まで、しようか?」





























ブルブル…

「あ、きたきた…」


「で?何何…?



『件名 やっぱウエダの小説面白い!

 主人公かわいそーだなー…けどさ、これきっと救いあるんだよな?』


いやいや…んなわけねーだろ…」


カチカチ…


「送信」



ブルブル…




「どれどれ、

『件名 Re:そうかぁ?

 意外と見えないとこにあるんだろ、絶対!俺もうわかってるからこの先。

 きっと主人公の救いって新しい友人じゃなくってさ」



「…」









「 もっと近いところにあるんだよ 」

































名前を呼ぶと、ツチダはシンヤを突き飛ばした。

湯船にごつりと当たった肩が痛み、それを抑えながら問いかけるとツチダは慌ただしく立ち上がり後片付けを始める。




「ツチダ…?」

「呼ばないで下さい」

「ツチ」

「呼ぶなっつってんだろ!!」





(じゃあどうして)








ツチダの顔は赤く染まっていた。

赤く

赤く






(どうして、そんな顔するんだよ)











締め付けられる胸に、シンヤはまた自嘲していた。
















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